語彙力が「身につく」ってどういうこと!?
「左」という漢字は、訓読みで「ひだり」と読みますが、音読みでは「サ」と読みます。
漢字を覚えさせるときに「左」は「ひだり」と読むんだけども、「サ」とも読むんだよ、覚えましょう、などとやってしまうと、誰だって混乱します。
「サ」という読みを知っていくのは、「左右」という言葉が意味する内容そのものを知り、自分がその言葉を「さゆう」と発する身体的な経験を持つときです。その経験なしに言葉を覚えるのは難しいことだと思います。まして、「書く」ことができるようになるのはとても困難なことです。
いずれ、「運命を左右する」などと表現する場合の「左右」も覚えることになるでしょう。でも、この表現はあまり日常的には使いません。この場合、書かれた文章や、映画やテレビを見ることで、そういう言い方を知っていくことになるでしょう。
ここで問題にしているのは、意味を理解していないのに漢字を覚えさせよう、あるいは覚えようとしてしまうのは愚の骨頂だということです。ある言葉を漢字として書けるようになるのは、その言葉を使う機会を持って、身体感覚に入り込んでからになります。これが「身に付く」という言葉の真髄だと私は考えています。
小学3年生の漢字ドリルで、このような問題がありました。
「電話をとりつぐ」
「電話をとり次ぐ」が答えですが、「電話を取り次ぐ」とはどういうことなのか、それをわかっていない子どもたちにこの問題はとても難しいというか、意味不明な表現にしか見えていないと思います。
携帯電話が登場してから、電話を取り次ぐことなんてしなくなった今、意味不明な言葉の一つになってしまっています。呆れ顔をすることなかれ、このようなことは私たち大人にも起こっていることだと思います。たくさんの、まだ知らない使わない言葉があります。
ドリルの良し悪しもありますが、それよりも、子どもたちの経験不足、私たちの経験不足で「身に付いて」いない表現だと思うのです。
だとすると、日常の生活の中で私たち大人が、子どもたちの周りで、少し難しいと思えるような表現や言葉で、子どもたちに遠慮することなく、会話をしなければならないのではないかと思っています。ときには、子ども本人に向かっても、大人が使う言葉で言ってあげることが必要なのではないか、と思っています。
意味が分からなくて尋ねてきたら、あれやこれやと説明してあげてください。辞書的な説明がいいとは思っていません。ボディランゲージで伝える、それが最高だと思います。それによって伝わることこそが、「意味を知る」ということそのものなのだと思います。
でも、だんだんと言葉が増え、抽象的な言葉が増えてきますので、学年によっては、辞書の使い方を教えるきっかけにしてもよいと思います。
それでも語彙力なんてものは、そんなにたくさん身に付くものではありません。
子どもたちの身の回りにあって、一番優秀な教材はやはり教科書です。その「音読」は馬鹿にできない学習法の一つです。ただ、それが宿題として強制されてしまうと、形骸化してしまい、まったくつまらないものになってしまうのだと思います。
面白いと思える本に出会えるまで、手にとっては戻し、手にとっては戻して、そうやって図書館で遊ぶのもいいと思います。
読んでみたいと思える本に出会って、その本の中に入り込むことで、「想像」の中にリアリティを体験をし、言葉の世界を理解していくことになります。
言葉を、特に抽象的な言葉を知るというのは、概念(共通項のまとまり)としてそれを捉えることができるかどうかです。
文章に接することで、必然的に、論理的思考(因果関係の根拠を辿る思考)を試みることになり、勝手に概念化が行われていくのだと考えられます。
私の言葉で言い換えるならば、論理的思考という階段を登ろうと試みる時、仕方なく「整理箱」(概念)を自作し、それを重ねて階段を作り、その階段を登っていこうとする、という感じでしょうか。ただやはり未熟な間は整理箱は不細工です。不細工な整理箱なので階段は崩れてしまいます。でも、何度も繰り返すことで少しずつ論理的思考が逞しくなっていくのだと。(今、私に向けて励ましています。苦笑)
そろばんのようなデジタルな計算も論理的思考を必要としますが (→そろばんてデジタルなの?) 、デジタルな思考はあくまでも論理的思考の基礎です。その思考は整数的な思考なので、身体的な経験とともに育つ「言葉」のようなアナログなものは、そもそも俎上には上がってきません。
つまり、デジタルな思考は論理的思考の基礎を作るかもしれないですが、論理的思考(ロジカルシンキング)を育てることはありません。
「漢字が苦手」「国語が苦手」「文章題が苦手」
という子どもたちに、新沢游学舎では、まずは論理的な思考のトレーニングができるドリルをやってもらっています。
拙くても構いません。うまくクリアできなくても構いません。何度も何度も自力で挑戦し、自分の「整理箱」を作るトレーニングをしていきます。読み解くためには論理的思考が必要だからです。読み解けないままだと言葉の意味は分からないままなのです。
論理的思考が未熟すぎると、前述したような、意味のわからない「漢字」を覚えていく、という愚かな作業に突入していきます。
そして、覚えられないから嫌になる。有能感がゼロになって、モチベーション(やる気)はガタ落ちです。すると、余計に勉強なんてしたくなくなります。
そもそも漢字が苦手、国語が苦手な子どもたちは、漢字を何かの記号のように捉えている節があります。だとすると漢字を覚えるのは極めて困難です。
まずは「整理箱」のDIY(Do It Yourself)です。こればかりは脳内イメージなので他者には関与しにくい世界です。イメージ、想像の世界です(→視覚情報に溺れる!?)。そこが漢字の意味を収納するところです。